イベントシナリオ第5回リアクション

 

『1番早くて面白いのは誰だ! マテオ・テーペ杯!』

 

※このイベントシナリオはネタに満ちていますが、本編には何の影響もないことを、ここに誓います。

第1章 マテオ・テーペ杯、はっじまるよー! わぁい!
 運営本部のテントの中。ステラ・ティフォーネは鍋をかき混ぜながら、時折「んー」と小さくうなっている。
「どうですか? 調子は」
 カヤナ・ケイリーがその鍋を覗き込みながら聞いた。
「いい具合だと思いますよ」
 不安そうだった呟きからは想像できないような、しっかりとした答え。カヤナは、「いいにおい」とほほ笑んだ。ステラが煮込んでいたのは、野菜とベーコンのスープである。貴重品となっているベーコンは、隠し味程度に、ごく少量しか入っていないが、独特の薫香が食欲をそそる。
「スープが熱いと飲みづらいでしょうから、少し冷ましておきましょうか」
 ステラがそう言うと、「そのほうがいいですね」とカヤナも首を縦に振った。
 ステラが用意していたのは、ほかにもジャムをうっすらと塗ったサンドイッチ、冷たいお茶など。まだバンズの状態のものもあるようだ。サンドイッチは、参加者のことを思って、少し薄めの味付けにされている。一方カヤナは、「しっかり体力がつくように」と、少し濃い目の揚げ色になった鶏のから揚げを持ってきていた。2人が用意した炊き出しをぱっと見る限り、参加者全員が満腹になるのには充分過ぎる量だ。これだけあれば、食いっぱぐれる者はいないだろう。
「ところで、ステラさんは参加しなくていいんですか?」
「私ですか?」
 冗談を、と言わんばかりに、ステラがやさしく微笑んだ。
「こういう下働きの方が慣れていますし……それよりも、私は体力がありませんから、運動会に参加しても……」
「体力があったって、参加することはねぇだろうよ」
 呆れた顔のプティ・シナローバーズが口を挟む。
「いざというときのために、そういうものは温存しておくべきだと思わねえか?」
「そう言いながら、ちゃっかり『動きやすそうな服』で来ているじゃないですか」
 カヤナがニタァっとしてツッコむと「まあ、その、一応な」と吐き捨てた。
「気晴らしってのも、たまには悪くないかな、って。必要なことしかやらない、やってはいけない、っていうんじゃ、疲れるだろうし」
「ということは、参加を?」
「いや、俺はパス。運動会自体を否定する気はない、ってだけ。参加するのは違う気がするから、運営の手伝いに来た」
「お手伝いですか?」
 ステラが顔を上げる。
「それでしたら、まだハムのサンドイッチが出来ていないので、そちらを作っていただけますか?」
「あ、え? 料理?」
「はい」
「やらない」
 プティはすっぱりと断りを入れた。
「あ……それでは、この鍋を見ていていただいてもいいでしょうか。焦げないようにかき混ぜてほしいのですが」
「それもダメだ」
「え……あ……あの……」
 困惑するステラを前に、プティは大きく息を吐く。
「悪いが、調理部分はお断りさせてもらう。貴重な食材がゴミになってもいいのか? 炭じゃなくて、ゴミだぞ!」
「そっ、それは……」
「俺だって上手くできるならやってやりたいけどよ、悪いな」
 プティはそう言うと、テントから出ていく。
「どこへ?」
 カヤナの問いに、彼は「俺はタイムを計る係をやるよ。順位を書くボードなんかも必要だろ? そのあたりを調達してくる」と答えた。
 テントの傍らで、黙々と薬を作っているものがいた。リベル・オウスである。カヤナが「どうもー」と覗き込みに行くが、「どうも」と小さくお辞儀を返すのみ。彼は慣れた手つきで濃い緑の葉をすり潰していく。
「傷薬?」
「ああ」
 彼はいたってシンプルにそれだけ返した。カヤナはいっそう興味を持ったようにしゃがみ込んでそれを見つめると、「効くの?」と言う。
「運動会でできる程度の擦り傷、切り傷なら、このレベルの薬草で充分だ。まさか腕が千切れたりするほどのことなんてないだろ?」
「流石にそれは」
 カヤナは引きつった笑みを浮かべた。
「あ、でも、レイザ先生が、『邪魔する奴は消し炭にする』って言ってたような……」
「あー」
 ゴリゴリと草をすり潰しながら、リベルが鼻で笑う。
「消し炭になっちゃったら俺にも治せねえわ。火傷程度なら何とかなるけど……先公自らそんなこと言っちゃって、大丈夫かよ」
「冗談だとは思うけど」
「冗談じゃなきゃ困る」
 彼はもう一度、はっ、と小さく笑って、カバンをカヤナに手渡した。
「炊き出し向こうでやってるならよ、これも持って行ってくれ」
「重っ……これは?」
「レモンのはちみつ漬けと水が入っている。どちらも、運動後の疲労回復用だ」
 がさがさとカバンを開くと、黄色い車輪のような薄切りのレモンが詰まったボトルと、瓶に入った水が大量に出てきた。
「おいしそう……」
「はちみつ漬けは健康だけじゃなく美容にもいいが、あくまでも競技参加者向けだぞ」
「えー」
 カヤナの不満そうな声に、「味見は一切れまで」とリベルは付け加えたのであった。

 本部とは離れたところにて。ヴァネッサ・バーネットはフレン・ソリアーノの手を借りながら、街道に沿ってテントを張っていた。
「なんとも健康的なイベントで、医師としても歓迎したい」
 彼女は額にうっすらかいた汗を拭いながら、フレンにそうつぶやいた。
「そのお医者さん自身は、参加しなくてもいいのかい? 医者の不養生ってやつかな」
 彼女は「ははっ」と軽く笑いながら、「あたしは運動があんまり得意じゃないから、当たらずも遠からずかな。それより、保護者みたいな役割も楽しいだろう?」
 ヴァネッサは折り畳み式の机を設置して、その上に給水用のコップと、水のボトルを乗せていく。
「運動会には、ほほえましく見守る外野ってのがつきものさ。違うかい?」
「確かに」
 フレンはうなずいて微笑んだ。
「大して暑くはならないかもしれないが、何せみんな全力疾走だろう? どうせ脱水を起こす奴が出てくる。脱水ってのは馬鹿にできないからね。ここで水分と塩分を補給して、しっかり最後まで走って欲しいっていう親心さ」
「医者がサポートしてくれる大会だと思うと、かなり心強いな」
「そうかい?」
 セッティングを終えて、最後にようやく椅子に腰かけた。
「ま、今日は1日、『みんなの保護者』だ。医学知識のある、保護者」
 ヴァネッサは微笑みながら、「手伝ってくれてありがとう。フレンさんも本部に戻るんだろう? 一杯飲んでから行ったらどうだ。名誉大会委員長が倒れたなんて、シャレにならんぞ」と言った。
「酒じゃあるまいし、そんな誘い方あるか」
 彼はおどけて言いながらも、ヴァネッサの差し出した水をしっかりと受け取って、仮設テントを後にした。

 昼を前にして、運営陣以外の参加者たちがぞろぞろと集まり始めた。そして正午過ぎ、少しだけ高い台の上で、体操服姿のリック・ソリアーノが右手を高々と挙げた。
「宣誓っ! 僕たち選手一同は、正々堂々と、時には魔法を使って妨害したり、なんかいい感じでうまくやって戦い抜くことを誓います!」
「……正々堂々? いい感じで……?」
 台の後ろの方で、こそっとジスレーヌ・ソリアーノがつぶやくが、その疑問は多くの拍手でかき消される。
「それでは! マテオ・テーペ杯、開催です!」

 一方その頃、会場から遠く離れた建物の中で。
 ウィリアムは、領主の館の離れの中をうろついている。流石は領主のお宅、地下1階に、地上2階建てである。今日はなんだか外が少し騒がしい。暇に暇を重ねて、彼は建物内を探索していた。……ふと、箱の隙間から何かがこちらを覗いていることに気が付いた。
「これは」
 輝いて見える……その正体は……。
「俺に、これを着ろと言うのか……?」
 誰も言っていない。ウィリアムを幻聴が襲っていた。


第2章 駆け抜けろ! タイム部門
 横一文字にひかれた白線の上に、競技参加者が並んでいる。
「位置について」
 リックが大きく声を張る。
「よーいっ……どんっ!」
 号砲らしくはないが、細かいタイムを出すわけでもないのでこれで充分なのかもしれない。彼の声に合わせて、各自一斉に、伏せられたカードに向かって疾走。
「カードを拾ったら、そこに書かれたものを借りてきてくださーい! マテオ・テーペ中移動できます!」
 念のためにと、リックが声を飛ばしながら駆けていく。

「なんだ、誰も妨害してこないのか?」
 レイザ・インダーは意外そうに言いながら、悠々とカードを拾う……が、書かれている内容を見て、顔をしかめた。
「チッ……」
 だが、舌打ちが聞こえたのは、ほかの場所から……。誰よりも怒りに満ちた表情をしていたのはトゥーニャ・ムルナだった。彼女の手にしたカードには、黒く太い文字で『ブラジャー』と書かれている。
 なんでよりによってぼくがこれを引くかな。ねえ。だってほら、さ、このサイズだよ? 他の女の子なら「私がつけているこれを!」とか言ってゴールじゃん? で、なんでぼくがこのカードなわけ?
 だが、彼女の顔が般若よりも険しくなったのはごく瞬間。そうは言っても、ひいてしまった以上は借りに行かなければならないのだ。彼女はフィールドを飛び出して、領主の館へと向かって飛んでいくことにした。彼女の体を、風が覆っていく。

「サっ、サボっているわけじゃないんですぅ!」
 館の庭には、女性とは到底思えない低音が響き渡っていた。くねくねと体を柔らかく動かしながら、ウィリアム……いや、ウィリアンヌ(女装したウィリアム)が、メイドたちに詰問されている。
「そのぉ……アタシこの前雇われたばっかりでぇ……」
 綺麗に脱毛されたスネは見事だが、筋肉で内側から張り裂けそうなメイド服は狂気としか思えない。だが、メイドたちも誰が雇ったかも分からない以上、本人の言を信じるほかないようだ。……もちろん、強烈な疑いのまなざしが向けられていることは言うまでもないが。
 そこに、風をまとったトゥーニャが、空から庭へと飛び込んできた。
「おっ、お姉さんがたーっ! ブラジャー貸してーっ!」
 ウィリアンヌへの追及の目が一転、突然現れ変態染みた発言をかましたトゥーニャに非難と脅威の目が向けられる。
「あっ……」
 瞬間、彼女は自分の状況を説明しなくてはならないということをしっかりと理解した。
「ちっ、違くて! 変態じゃないです! 借り物競争なんです!」
「……借り物競争?」
 ウィリアンヌのバスが響く。「そうか、それでなんだか騒がしかったのか」と彼(彼女?)は納得の表情を浮かべた。
「でも……洗濯物を勝手にお渡しするようなことは……」
「それなら、きみが今つけてるのを貸してよ~。それなら、きみのだから問題ないよね?」
 問題は別の場所にあるのだが、そういわれてしまうと、メイドも返すべき言葉もなく、困惑気味に答えた。
「……それでいいのであれば、ご自身のをお使いになっては?」
「は?」
 トゥーニャが瞬時、残虐な笑みになったので、メイドは震えながら、「お渡しします」とつぶやいたのであった。

 一方、恵まれたカードを引いたものもいたようだ。
「んー」
 イリス・ルーネルトはカードをじっと見て、にっこり笑った。
「これなら、あんまり移動しなくても済むかも」
 イリスの引いたカードには「マント」と書かれている。マントと言って最初に彼女が思い浮かべたのは、リックが普段まとっている薄水色のものだった。足に自信のない彼女は「ゴールできればいいかな」と思っての参加だったが、これなら思ったよりも早いタイムでゴールが可能かもしれない。
 彼女はとてとてとリックの後ろをついていき、「リックー!」と精一杯声を投げる。
「えっ?」
 リックは振り返って、彼女の顔を見た。
「あれ? どうしたの?」
「あの……いっつも着ていたマントって、今日持ってきてる?」
「あれ? あるけど……」
 リックが困惑した表情を浮かべたのを見て、彼女はいたずらっぽく笑いながら、引いたカードを見せる。
「マント、貸してくださいな」
「ああ、そういうこと」
 リックは心得顔でうなずいて、どうぞ、と運営のテントを指差した。
「僕は別のもの借りてこなきゃいけないんだけど……あそこのテントのところに置いてきてるから、勝手に持って行っていいよ」
 それを聞いて、イリスはとても嬉しそうににっこりとほほ笑んで「ありがとう」と言った。

「果物かー」
 コタロウ・サンフィールドはカードをズボンのポケットに突っ込んで、全力で走り出した。森の中に分け入ってフルーツ狩り、というプランも取れなくはない。ここからなら、確かに森のほうが近いだろう。だが、確実性は低い。一瞬で見つかる可能性もゼロではないが、明日になっても見つからない、という可能性だってある。それなら、より確実に手に入る八百屋に、ということに彼の意見はまとまった。
「財布、持ってきておいてよかったな」
 カードをねじ込んだ反対のポケットには、念のために入れておいたお財布。八百屋で果物を「借りてくる」というのは難しいだろうし、なにより競技が終わった後に食べたい。この辺をいろいろ加味しても、買いに行く、という選択は間違ってはいないように感じた。
 カードを見て頬を膨れさせているのは、ロスティン・マイカンだ。
「メイド服?」
 まあ、別に分かりにくいものって感じでもないが、俺としては中身のほうに興味あり。借りたら返すつもりもないけど。ロスティンは口の中でそう一人つぶやいて、肩をすくめた。
 借りられるあてがあるメイドは、ちょっとここから距離があるところにいる。だが、今はできるだけ早く借りに行き、早く戻ってこなくてはならない。それに……。
「知らない女性とお近付きになれるのなら、悪いことはないよな」
 彼の足は、領主の館へと向かっていた。
 お鍋、と書かれたカードを引いたのは、ピア・グレイアムである。これなら、港町のどこかの家から借りてくるのが一番いいだろう。彼女もそう考えたのか、カードを見た瞬間に、一目散に町のほうへと駆けていった。
 アリス・ディーダムは「魔術師の服」というカードを見て、「レイザ先生」と思わずつぶやいた。レイザはこの運動会だと言っている日にさえ、びっしりと黒の魔術師服に身を包んでいた。もしかしたら本当に誰かを消し炭にする気だったのかもしれないが。
 彼女の借りたい「レイザ先生の服」は、既にフィールドを出て、外に向かっている。彼が何を引いたのかはわからないが、アリスは彼を追いかけていくほかない。
 トモシ・ファーロはカードを見て、首をひねった。
「ランプ、か……」
 どこにでもありそうだが、夜までやるつもりがないということなのだから、運営本部には置いていなさそうだ。彼もまた、住宅からこれを借りてくることを思いつき、同じように競技場を後にした。

「平和だなあ」
 港町の入り口あたりを警邏していたバート・カスタルは、ぽかんと口を開けて空を見上げていた。時々、小鳥のようなものが鳴く声が聞こえる。悲鳴もなく、凶行もない、実にうららかな昼下がりである。
「あっ、バートさん」
 そこに、肩で息をしながらピアが声をかけた。彼は「んっ」と瞬間的に我に返り、彼女の顔を見てほほ笑んだ。
「今日もお仕事なんですね」
「みんなが楽しんでる時にこそ、警備の必要があるのさ。笑顔のためなら、頑張れる」
「お疲れ様です」
「ありがとう」
 バートは頭を下げる。
「それで、俺に借り物かい?」
「ああ、いえ」
 ピアはふるふると小さく頭を振って、「これを」と、ポーチから栞を一葉取り出した。
「……これは」
「この前お話ししていた、四葉のクローバーです」
 柔らかく微笑み、「バートさんに、良い事がありますように」と言った。
「ありがとう……大事にするよ」
 バートはそれを受け取って、再びほほ笑んだ。
「それじゃあ、私は競技に戻りますね」
「ああ、気を付けて」
 ピアは彼に大きく手を振って、鍋を借りるために街中へとまた走り出していった。

「はぁっ……はぁっ……」
 池のほとりを走っているトモシは、肩で息をしている。普段は野山に分け入ることも少なくないが、走るとなると、話はまた別。それに地面が土ではなく、舗装された固いものだから、膝にかかる負担もそれなりにある。
「ちょっと、ハンデをもらうか」
 彼はそういうと、茂みに身を隠した。彼の後ろから走ってくる誰かに、水をかけてひるませる、という作戦だ。ちょうど、足音がずっとつけてきているのを感じていたところだ。
「……今だっ!」
 トモシは敵に聞こえないように自らを奮い立たせ、池の水を持ち上げ、相手に塊でぶつけた。
「やったかっ……!?」
 もちろん『殺る』ほどの威力をもって攻撃したわけではない。少しの時間が稼げれば、それでいい……だが、相手が悪かった。
「……ほう」
「あっ」
 彼の目の前にいたのは、レイザ。レイザと言えば、強力な火の魔術師。水をかけて怯ませる、くらいの気持ちでいたが……。
「面白いことをする」
 レイザの目が、怒りで赤く燃えている。
「言ったはずだ、妨害してくる奴には、容赦しないと」
「あっ、ちょっ、ごっ、ごめんなさい……その……悪気はなかったんです!」
「悪気しかないだろう」
 レイザの手のひらが、彼に向けられた。
「野犬も、焼き肉は好きなはずだ」
「ちょっと? 先生? レイザ先生?」
 トモシはじりじりと後ろに下がりながら、瞬時、一目散に駆けだした。レイザの気迫で、彼の後ろ髪に火が付く。
「ああああ熱い熱い熱い熱い!!」
「安心しろ、そんなもの熱いうちに入らん」
 レイザの声が彼に届いたかどうか、それは不明である。
「レイザ先生ーっ!」
 さらにその後ろから、ようやくレイザに追いついたアリスが、息を切らせて彼の肩に手を置いた。レイザは反射的に身をひるがえして「こいつも妨害しにきたか?」と内心焦りを禁じえなかった。……だが。
「服、貸してください!」
「……は?」
 ずぶ濡れになったままのレイザは、驚きのあまり硬直して彼女の顔を見た。「疲れでおかしくなったか」と彼がつぶやくと、彼女は首を横に振り、カードを差し出した。
「ほら、これ」
「魔術師の服……ああ、そういうことか」
「そういうわけで、貸してくださいな」
「おいおい」
 レイザは濡れた前髪を人差し指で払いながら、不敵に笑った。
「俺たちは戦ってる相手同士だぞ。敵に塩を送るような真似はしない」
「レイザ先生の借りるもののお手伝いもします」
「……んー……」
 なおも食い下がるアリスに、彼は顔をしかめた。確かに、ぬいぐるみを自分一人で借りてくる、というのはちょっと難しいような気もするし……まあ、いい、もし一着になれそうなら、最後の最後で猛ダッシュすれば、きっと逃げ切れるだろう。
「それなら、仮の協力ということで」
「そんな冷たいことおっしゃらなくてもいいのに……一緒にゴールしましょ?」
 彼女はレイザの手を握る。レイザも、それを振りほどくでもなく、繋がれたまま街に向かって駆けだした。

「お」
 領主の館についたロスティンは、庭を掃除するひと際目立つメイドに声をかけた。
「ねえねえ、そこのメイドちゃーん! お願いがあるんだけどー! そのメイド服貸してよーっ!」
「ん……俺……いや、アタシのこと?」
 そこにいたのは……ウィリアンヌちゃん。美しくも儚げな低音の魅力で、彼女はつぶやいた。
「ちょっと大柄だね……ちょっと? いや……筋肉質っていうか……すごく……筋肉です……」
 ロスティンの顔が、みるみる青ざめていく。
「やっ、野郎じゃねえか……!」
「誰が野郎ですって! ひどいわ、このもやし野郎!」
「だれがもやしだ! 貴族に向かってなんてことを!」
 手に持った箒をひねりつぶさんばかりに、ロスティンを睨みつける。妙な沈黙が2人の間を流れていく。静寂に包まれながら、ロスティンは視線を落とし「ああ、この庭の花は、なんとも綺麗だなあ」と現実から目を背けていた。
「……で、メイド服を借りたいんでしたっけ?」
「……いや、いいよ、もう帰りたい……」
 うっすら瞳をうるませながらそう言った彼の肩を、ウィリアンヌはがっしりと掴んだ。
「借り物競争だろ? 諦めんなよぉぉっ!」
 咆哮に合わせて、ボタンがはじけ飛ぶ。
「お前にとってこの戦いは、その程度のものだったのか!」
 熱い……熱すぎる……もう全然女じゃないじゃん……。ロスティンは「男をナンパした」という悲しみに打ちひしがれながら、彼の説教を聞き流す。
「おらっ、持っていけ!」
 ウィリアンヌはパンツとガーターベルトという発禁ギリギリの姿になって、彼にメイド服を押し付けた。
「頑張れよ!」
「あっ、はい」
 ロスティンはもう反論することもなく、館を後にする。帰り道、通りに置いてあったゴミ箱にメイド服をねじ込むように捨てて、まっすぐ家へと向かったのだった。
「棄権だ! 棄権!!」

 コタロウは手に大きなオレンジを抱えて走りこんでくる。ほかの参加者たちよりも、少し早く戻ってくることができたようだ。
「えっ、もしかして一位?」
 思わずそうつぶやいた彼の後ろから、ごうごうと風を切る音や、地鳴りのような猛ダッシュの音が聞こえてくる。「へっ?」と声を漏らして振り返ると、必死の形相で、ゴールテープを目指して駆けてくる者たちの群れ。
「うっ、うわぁっ!?」
 その気迫に押されるように、あるいはその熱気から逃げ出すように、彼も必死に走り出す。そうして全員、ほぼ同時にゴール……!
「結果はっ!?」
 運営本部を見ると、そこにはすでに炊き出しのスープに舌鼓を打つイリスの姿があった。肩にリックのマントを括っている。
「あっ……」
 イリスは数分前にゴールし、一位が確定していたのだった。
「リック、もう少しこのマント借りててもいい?」
 彼女が楽しそうにほほ笑む後ろで、ほかの競技者たちは疲労から崩れ落ちて天を仰いだ。


第3章 ふざけろ! コメディ部門
 タイム部門の参加者たちのレモンのはちみつ漬けが配られる中、粛々とコメディ部門のカードが準備されている。参加者たちの間に、妙に張り詰めた緊張感がある。
「位置についてー」
 今度は、ジスレーヌが声を張り上げた。
「よーいっ、どんっ!」
 彼女の合図で、各自、一斉にスタート。そして、カードを引いて、各自悶絶。それもそのはず、なんだか訳の分からない指令ばかりが書いてあるのだ。

「これ……?」
 その中でも、比較的マシなものを引いたものもいる。アウロラ・メルクリアスの引いたカードには「衣服」と書いてあった。……いや、コメディ部門の場合、こういうカードのほうが力量を試されるだけに難しいのかもしれない。アウロラは眉間にゆるくしわを寄せ、「ひとまず本部席」と言って走り出した。

 やるからには負けられない、と息巻いていたラトヴィッジ・オールウィンが引いたのは「夏を告げるモノ」。
「夏を告げる……? 要するに、夏を感じさせるものを揃えればいいんだよな。浴衣とか、水着とか……」
 彼は指を折り、色々と考える。そして「港町だ」とつぶやいて、駆けて行った。
「そこの浴衣のお姉さーんっ!」
 町の端でそう声をかけたラトヴィッジだったが、女性は怪訝な顔で足早にそこを立ち去る。
「なんで……あっ」
 そうだ、これ、ちょっとナンパみたいな感じで……。でも、そうなると、どうしたら……。ふと視線を上げると、そこには大きな『祭』のうちわがショーウインドウに飾られている。
「……これか」
 彼はにやっと笑って、その店へと足を踏み入れた。
 様々なアイテムに身を包んでキメ顔のラトヴィッジだが、歩くたびにどこかが擦れてガチャガチャと音を立てている。町の端で警備を行っていたバートは、一度「異常者」として警戒したが、よく見るとそれがラトヴィッジであることに気が付き、剣から手を離した。
「バートさん、俺、夏っぽいかな?」
 バートはそう聞かれて「ん」と眉間にしわを寄せた。確かに、左手にかき氷、腕に浮輪、半纏、ねじり鉢巻き、足袋、ふんどしに、昆虫採集の虫網虫かごまで持っている。夏っぽいというか、「夏の装備」を凝縮したような見た目だ。
「まあ、夏っぽいんじゃないかな」
 困惑しながらそう答えると、「やったぁっ!」と彼ははしゃいだ。
「待っていろっ! 夏っぽいもの、それは俺っ! 夏を纏った俺こそが、夏漢(オトコ)だぁっ!」
 急げ、ラトヴィッジ。かき氷が溶ける前に、ゴールを目指して。

 ゴールテープ間際でカードと自分を交互に指さしているのは、メリッサ・ガードナーだ。
「だから、私自身がお題をクリアしてるって! ほら、コレ!」
 彼女が指さした先には……たゆんと揺れる大きなおっぱい。
「お題は『柔らかなモノ』。私のコレ、みんな柔らかいって言ってくれたんですよ?」
「そっ、そうは言っても……」
 タジタジになっているのは、名誉大家委員長であるフレン。じっと見るのも失礼だし、だからと言って「違うものを」というための根拠もない。
「それとも、フレンさん自身でた・し・か・め・る?」
 メリッサは胸を寄せて、ぎゅっと彼の前に差し出した。にっこりと小首をかしげる姿は、まさに悩殺スタイル。谷間にうっすら、汗が流れ落ちていく。
「ばっばばばっ、バカなことをぉっ!」
「お嫌いですか?」
「大好きだ! だが人前でそんなっ!」
「冗談ですよ、うふふふ」
 メリッサが笑うと、フレンは面食らったように、目をぱちくりとさせ、それから大きく深いため息をついた。「とりあえず、その状態じゃあ誰の目にもわかる、とは判定しにくい。ほかのものを」と彼は言う。
「じゃあ、カヤナさん! こっちへ!」
「えっ?」
 フレンをあざ笑うように、メリッサはカヤナの手を取って、「カヤナさんを借りてゴールっ!」と言った。
「待て待て、それではやはり問題の解決に……」
「女の子は、み~んな柔らかいのっ!」
 メリッサの愛くるしくもあどけない瞳に見つめられて、フレンはやむなくそれをゴールと認めざるを得なかった。

 一方こちらは、湖畔の道。がさっ、と藪から変な音がして、マーガレット・ヘイルシャムは身構えた。彼女は競技参加者ではない。今、差し入れを運営本部に運ぶ途中である。彼女の腕力、魔力では、野生の動物などに襲われてはひとたまりもない。少し近道をしようとしたのが仇になったか。……だが、そこから現れたものは、彼女が想像した生物の姿をはるかに(斜め上方向に)超えていた。
「……きゃっ……」
 思わず、悲鳴を漏らしそうになったが……その顔に、彼女は見覚えがあった。
「……ウィリアム?」
 そこには、パンツとガーターベルトを着用した男の姿があった。
「あなた、勘違いしてませんか?」
「……ん?」
 ウィリアムはもっと暴力的な言葉を投げつけられると思っていただけに、瞬時きょとんとして彼女の顔をうかがった。
「借り物競争とは、入手したカードに指定されているものをゴールまで持っていくゲーム……下着をゴールまで持っていくのであり、着る必要はありません。案外そそっかしいのですね?」
「いや、なんていうか、違うんだ、これは」
 結果的にウィリアムが言った言葉は、「変態!」と言われた場合のそれと同じであった。
「それに貴方、いつの間に外へ? 今日のようなイベントであれば外出許可が下りるかと思って、許可を貰って貴方を驚かせてあげようと思っていたのに……」
「……部屋にメイド服があってな」
「はい」
「それで、出られた」
「……なるほど」
 マーガレットはやや困惑しながら、そうとしか答えられなかった。
「じゃあ、俺はもう行くから」
「お気をつけて……その格好で見つかったら、罪が重くなりますよ」
「ご忠告どうも」
 彼は悲しげにそういうと、また藪の中へと飛び込んでいった。ウィリアムの背中が見えなくなるまでマーガレットは見送ったが、寂しそうな背中に、得も言われぬ哀愁を感じたのである。

 リュネ・モルが引いたのは「幸せをもたらすもの」。
「むぅ」
 彼の脳裏には、瞬時に箱船計画のことが浮かんだ。マテオ・テーペの希望であり、ここに残された多くの人々に幸せをもたらすもの……。だが、箱船は未完成。そうなると、次策を練らなくてはいけない。
 箱船計画は、誰もが知っている通り、ルース姫がカギを握っている。そしてその姫は……。もし、彼女が「女の幸せ」を手に入れたら……それは、多くのものに幸せをもたらすことになるのではないか?  ちょうどいい。私は42歳という妙齢ではあるが、独身である。この身を挺して、幸せをもたらすものになりましょうぞ!
 リュネは意気揚々とベルティルデを訪ねるため、伯爵の館へ向かった。
「というわけで、メイクをお願いしたいのです」
「……リュネさん」
 ベルティルデは張り付いた笑顔で首を傾げた。
「メイクを姫様に、ではなく、リュネさんに、ですか?」
「姫様に私が結婚を申し込むなど、不敬ではありませんか!」
 彼が考えたのは、自身が夫となってルースを娶るというものではなく、自身が花嫁となって女の幸せを示す、というものだった。
「なんといいますか、それでいいのでしょうか?」
「はい、みんなの幸せのためですから。不肖リュネ・モル、この身を犠牲にする覚悟はついております」
 潔いことばだが、ベルティルデの困惑と疑念は晴れなかった。
 それから、小一時間後。
「男爵さまーっ!」
 野太い声に一同は競技場の入り口を見、そして、唖然とした。フレンが、口をわなわなと震わせて「リュネ……さん?」とつぶやく。そこには、ウェディングドレスを身に纏い、腰に手を当てたリュネの姿があった。
「今日の私は、綺麗でしょうか!」
「あっ、え……ええ?」
 フレンは戸惑ってあたりにいた人たちを見たが、あるものは凍り付き、またあるものは腹を抱えて笑い転げているだけである。そうしているうちに、リュネがどんどんとフレンに迫ってくる。
「さあ! 男爵様っ!」
 彼は駆け出し、フレンの胸へと飛び込んだ。そこには、見事なまでに再現された女の幸せが描かれていた。

 岩神あづまもまた、伯爵邸へと歩いて向かっていた。彼女の引いたカードに書かれていたお題は「世界で一番軽くて一番重いもの」。とんちみたいなお題ではあるが、こんなカードも中には紛れ込んでいるのだ。
「というわけで、借り物競争なのですが」
 メイドたちに声をかけると、「何を借りに来たのですか?」と笑顔で返される。
「今日は朝からマッチョのメイドが現れたり、ブラジャーを借りていく方がいたり、騒々しくてお掃除が手につかないんです」
 困ったような笑みだが、どこか非日常を楽しんでいるようではある。あづまは「アシル伯爵の枕を」と告げた。
「良質な睡眠は、健康の源です。伯爵が息災であればこそ、あたし達が安寧にいられるというものではありませんか」
「ですが」
「お休みの時刻までには必ず返しますので、ご心配なく」
「そういうことじゃなくて」
「あたしのことでしたら、お構いなく。用が済みましたらすぐにお暇しますから」
 彼女の一歩も譲らなさそうな気配に、メイドたちは交互に顔を見合わせ「絶対内緒ですよ」といたずらっぽく笑った。

「見た目から想像できないもの、か」
 クロイツ・シンはとぼとぼと歩きながら俯いていた。なんだか分からないが面白いかも、と思ってエントリーしたものの……よくチェックしておくべきだったな。彼はそう自省しながら、街を抜けていく。
「お、水の補給は大丈夫か?」
 ヴァネッサが、コップを彼に差し出した。テントの下にはエリス・アップルトンの姿も見えた。彼女は額にうっすら汗を浮かべ、赤い顔をしている。どうやら暑さで弱い脱水症状を起こしているらしい。
「え、ああ、ありがとう」
 受け取り、のどを潤す。だが、彼の頭の中には「意外なもの」というキーワードがいっぱいで、ぼーっとしているようにさえ見える。
「大丈夫か? ふらつくようなら、ここで一緒に休んでいったほうがいいと思うが」
 彼女のことばに、「いや、大丈夫だ」とクロイツは返す。
「お題がなかなか難題でな」
「仏頂面して何を考えているのかと思えば」
 ヴァネッサが笑う。
「ま、疲れたらここに戻っておいで」
「……ありがとう」
 ヴァネッサの言葉にヒントを得たのか、彼はすぐさま駆けだしていく。
 数十分後、彼は自宅からカーディガンと大きな裁縫箱を手にグラウンドへと戻ってきた。フレンが首を傾げ、「それがお題かい?」と聞くと、彼は首を横に振った。
「いや、これからお題のものを『作る』」
「……作る?」
「まあ見ててくれ」
 クロイツはそう言うと、その場でレース編みを始めた。そしてあっという間に小さなコースターを1つ作り上げると、それと一緒にゴールテープを切った。
「お題は『見た目からは想像できないもの』。さっき見せた通り、このカーディガンも俺の自作だ。なんというか……俺と、俺がこれを作るっていう事実、それがお題だ」
「……すごい、丁寧な仕事」
 炊き出しをしていたカヤナは目を丸くして、コースターの均一な編み目をほめた。
「ぬいぐるみとかも作るのは好きなんだけどな。もふもふしたいときのモフぐるみは、実に良い」
 その発言まで含めて、クロイツは忠実にお題をクリアしていた。

 バウンっ、と上空で、大きく空気の炸裂する音が聞こえた。圧縮空気を解放したために起こる、小さなソニックブームの発生音だ。
「ジスレーヌ!」
 情熱的な呼びかけを行っているものがいた。ヴォルク・ガムザトハノフだ。呼びかけられたジスレーヌは、突然のことに驚いて「はいっ!?」と高い声を出した。
「俺のお題は、『お相手』とある……俺にとっての『お相手』とは、まさに君のことだ!」
「お相手?」
 まだ恋愛の機微を知るには幼いジスレーヌには、その意味が分かっていないらしい。もちろん、ヴォルクにだってどこまで分かっているかは怪しいところではあるが。
「俺は、君を借りたい……君以外に、考えられない」
 ゴールテープの直前で、彼は紳士的な微笑みを浮かべて、まだお題のものを借りられていないままのジスレーヌに手を差し伸べた。
「どうか、ここまで、俺の元まで来て、そして一緒にゴールしてくれないか」
 ジスレーヌはゆっくりと立ち上がって、「いいですわ」と言った。
「やったっ……!」
 あまり激しく喜ぶと台無しになってしまう……だが、彼の表現したい喜びは、小さな声では抑えきれない。
「やったぁっ!」
 子どもの無垢な笑顔が咲き、その彼の手を、ジスレーヌが取った。そして、最後の一歩を、2人同時に踏み出す。
「ゴールっ! いろんな意味でゴール!」
 本当にその発言のもつ意味の大きさが分かっているのかはさておき、彼はこの協議を通して、何か「ものを借りてきてゴールする」という意義以上の、大きな達成感を得ることができたはずである。ただし、ジスレーヌの借り物は犠牲になった。

「……ないっ……!」
 アウロラは焦っていた。当然のことではあるが、自分が着ている服以外を持ち歩いていることはそうそうない。このままでは珍しい服どころか、普通の服すら見つからない……!
 彼女は競技場を出て、街中へ向かうことにした。こうなったらちょっと遠くても民家を目指したほうがいい。……と、競技場を出てすぐのところで、通りに設置されたごみ箱からフリルのようなものがはみ出しているのが目についた。
「……これ……?」
 彼女が目をこらす。
「メイド服……なんでゴミ箱に……」
 アウロラはかなり困惑したが、背に腹は代えられない。ひとまずはこのメイド服を拾って持っていこう……そろそろ急いだほうがいい。振り返り駆けだしたところで、曲がり角から誰かが飛び出してきた。危ないっ、と思ったが、体にブレーキが利かず、ごちんとぶつかってしまった。
「いてて……ご、ごめんなさっ……!?」
 彼女が目を開けると、そこには下着姿の男が。
「うわぁっ! 変態っ!?」
 とっさに、アウロラの義足が火を噴いた。
「ぐぁっ!?」
 男のすねに、義足が直撃。屈強な肉体も、これには思わず悲鳴を上げた。
「……って、ウィリアム!?」
「いってぇなぁ……」
 彼はスネをさすりながら、じっとアウロラを見た。
「なっ、なんでそんな格好を……」
 あまりにも普通の質問だったが、今のウィリアムの姿を見てそれ以上のことが言えるものは、誰もいないだろう。
「色々あったんだよ……色々……」
 そりゃあそうだろう。色々ないわけがない。色々なくちゃ、そんな見た目にはならない。
「……これ」
 アウロラは彼にメイド服を差し出した。
「メイド、服……」
「さすがに、その格好でそれ以上うろつくのはマズいよ……せめて、これだけでも着たほうが」
「でも、そうしたら借り物競争は」
「まずは自分の心配をしなよ」
 確かに、瞬間アウロラの脳に借り物競争のことがちらついたのは嘘ではない。だが、知り合いをこのまま放置しておくことは、彼女の良心が許さなかったのだ。受け取ったウィリアムは、慣れた手つきでメイド服にそでを通していく。
「……似合うかしら?」
「え? ……ああ、まあ、似合うんじゃない?」
「そう」
 恥ずかしそうに微笑むと、「それじゃ、アタシ帰りますわ」と言ってアウロラに手を振った。
「……やっぱり、あの時の闇鍋でおかしくなっちゃったのかなあ」
 アウロラは、変わってしまった彼……いや、彼女の背中を見送った。


第4章 お疲れ様です、閉会式
 すべての競技が終了したころ、途中で異変に巻き込まれたマーガレットが本部に差し入れを届けに来た。
「これ、差し入れの笹餅です」
 マーガレットはリックに箱を差し出した。
「皆さん走ってお疲れでしょうから、何か甘いものを、と思いまして」
 彼女はにっこりとほほ笑んだ。
「マーガレットさんは走らなかったんですね」
「ええ……」
 彼女の脳裏に、瞬時、あの寂しげなウィリアムの背中がちらついたが、そんなことは口にすべきではなさそうだ。
「身体への負担も大きそうですから、今回はこれで」
 そういうとリックは「そうでしたか……でも、笹餅、ありがとうございます!」と言って、参加者たちに配り始めた。

イラスト:じゅボンバー
イラスト:じゅボンバー

「タイム部門の優勝は、イリス・リーネルト。前へ!」
 フレンの声に呼ばれて、彼女は台の前で小さなトロフィーを受け取る。
「そして、コメディ部門の優勝だが……」
 会場を見回し、それから大きく息を吸って「リュネ・モル」と告げた。
「わっ、私ですか!?」
 リュネは驚いて、背筋をピンと伸ばした。
「ああ。まさかそこまで身を削った形で現れるとはな……彼の優勝に異論のあるものは」
 フレンの言葉に対して、参加者たちから温かい拍手がリュネに注がれた。リュネはまだウェディングドレスに濃いメイクのまま、感涙で目の周りをパンダのようにしている。

「あたしは、一足先にお店に戻りますね。仕込みをしなくちゃ」
 片付けの最中そう言ったのは、あづまだった。
「ぜひ今晩は真砂にいらしてください。疲れを癒せるお料理をご用意しておきます」
 その声に、数名が「行く行く!」と声を上げる。
「今日はありがとう」
 コタロウがテントの片づけをしているリックに声をかけた。
「疲れたけど楽しかったよ」
 そう言って、彼は手に持ったオレンジの半分をリックに。リックはそれを受け取ってほほ笑むと、「こちらこそ、いっつも来てくれて、嬉しいです」とはにかんだ。
「みんなが楽しんでくれたなら、よかったなって」
 リックの笑みに、コタロウも笑顔で答えた。

 


 

こんにちは、ライターの東谷です。
みなさんのアクションが面白くて、ついつい「この人(キャラ)ってこんな事できたっけ……?」と思うようなものも採用してしまいました。
実際(メインシナリオ)では出来ないと思われるので、ご注意くださいね。
次回、もっと激しいものが来てもOKです。面白おかしいイベントシナリオにしていきましょう!

コメディ部門優勝者のリュネPLには、賞品について、後日運営チームよりご連絡いたします。
どうぞよろしくお願いします。

それでは、第6回イベントシナリオも、お待ちいたしております。ありがとうございました!