イベントシナリオ第7回リアクション

 

『輝け! ミス マテオ・テーペコンテスト』

 

「ふう……こんなもんで、どうでしょうね?」 

 コタロウ・サンフィールドは額にうっすらかいた汗をぬぐって、フレン・ソリアーノに声をかける。
「ああ、上出来だな」
 フレンもまた、玉のような汗をタオルに吸わせ、大きく組みあがったステージを見る。
「しかし、こんな大掛かりな設備にして、大丈夫だったんでしょうか?」
「なに」
 フレンが肩をすくめる。
「イベントシナリオだからな。多少の無茶は許される」
「……イベント……?」
「ああ、いや、こっちの話だ」
「はあ……?」
 困惑した顔のコタロウをよそに、出来上がったばかりのランウェイに腰を下ろして「はぁ」と大きく息をついた。
「しかし、本当にご苦労さま。おかげで大助かりだ」
「いえいえ。造船とは少し勝手が違って難しいとも感じましたが、お役に立てて光栄です」
「こっちこそ、手伝ってもらえて何よりだよ」
 水筒のお茶を差し出すと、コタロウは「いただきます」と言って受け取る。
「明日は、忙しくなるぞ」
 それが『大工仕事』ではないことは、コタロウにも容易に分かった。いよいよ、マテオ・テーペを巻き込んだ、ミスコンが始まるのである。


第1章 ミスコン、いよいよ始まる

 控室は、ミスコン参加者と彼女(女性だけではないが)たちの支度を整える人でごった返している。会場側もぎゅうぎゅうだが、こっちはもっとてんやわんやである。
「準備、大丈夫ですか?」
 司会を務めるリック・ソリアーノが、参加者たちの動向を見に来た。バタバタしているのは一目瞭然だが、中には準備が整ってきている人もいるらしい。
「そろそろスタート出来そうですね」
 彼がそう言おうとしたとき、誰かがその袖をつかんだ。
「……イリス? 参加するなら、順番に呼ぶから並んで……」
 リックの袖を掴んだのは、イリス・リーネルト。彼女はリックのことばを遮るように頭を振った。
「これ」
 彼女の手には、水色のワンピースとエプロンドレス、バニエ、ニーハイソックスにトラップシューズ。
「まるでアリスみたい……」
 リックの言う『アリス』とは、有名な童話に出てくるキャラクター。
「イリスが着るの?」
「ううん……私は恥ずかしいからいいよ……」
 彼女は柔らかく首を振って、彼にそれを差し出す。
「んっ」
「え?」
「リックの」
「ええ!?」
 司会者であるリックは、まさか自分が女装することになるとは思っていなかった。素っ頓狂な声を上げて目を見開く。
「い、いや、僕はいいよ!」
「だって、ミスコンに参加する男の人は、みんな女装するって……」
「でも僕は司会だし、その……」
 むぅ、と困った顔をしたイリスは、彼の耳に口を近づける。
「私も、あとで同じの着て、こっそりリックにだけ見せてあげるから……」
「にゃっ!?」
 動揺したリックが目を丸くすると、彼女は「あ、ネコさんだ」と笑って、自身の背後から、ネコ耳を取り出してリックにつける。
「うさ耳とどっちがいいかなって思ったんだけど、『にゃー』ってことは、ネコさんだね」
 耳まで真っ赤にしたリックは「分かったよ!」と、半ばヤケになってイリスから服を受け取って、着替えのブースに入っていった。

 岩神あづまはメイク用の鏡の前で、「うーん」と首を傾げていた。キャンバスはヴォルク・ガムザトハノフ。あづまの手によって、無邪気な中二病の少年が、優雅な白塗りの花魁に変身していた。
「これが……我の……いえ、私の本当の姿……ッ……!」
 既に何かしらのスイッチが入り始めているヴォルクをよそに、あづまは少しだけ何かが物足りないと感じている。
 絢爛豪華な着物に、濃い目の紅を引いている。髪の毛もうまく結ってある。あづま自身の私物であるかんざしも、いいアクセントになっている。では、何が足りないのか……コンセプトである「オリエンタル&ファンタジック&エキセントリック」、そのすべての要素を満たした美が、ここにあるはずだというのに。
「女将よ……いや、今は『美の魔術師』と呼ばせてもらおう」
 ヴォルクが感動に震え、あづまに礼を言う。
「この私を、真の芸術へと導いたその技術、その心意気……すべてがまさに」
「これです!」
 あづまは急に声を張る。思わず、ヴォルクの演説も止まり、鏡越しに彼女を不安そうな顔で見上げる。
「ヴォルクさん、分かりました。欠けているものが。完全な美の為に、あたしの目指す理想の美しさの為に欠けているものが!」
 肩をがっしりと掴み、揺さぶるように声を掛ける。
「それは立ち居振る舞い! 花魁としてあるべき、たおやかなる姿! そして遊郭で妖しく男を誘うようなあの言葉遣い!」
「おっ、女将っ……!?」
「違います! 年上のお姉さんのことは『あねさん』!」
「めっ、目が据わっている……!」
「テンションが上がってきましたよ! ヴォルクさん! やるからには、てっぺんを目指しんしょう!」
「しん……しょう……?」
『目指しましょう』という意味の廓言葉だが、それを理解するにはヴォルクの知識が足りなかったようだ。果たしてコンテスト開始までに、たおやかな色気を身に着けることはできるのか。あづまの最終調整(熱血指導)が始まった。

「大丈夫大丈夫~!」
 明るい声と誰かの悲鳴が同居する。
「想像より痛くないし怖くないよー!」
「信じられないって!」
 ハビ・サンブラノは首をぶんぶんと振って拒絶する。彼の指差す先には、脛を抑えてうずくまる屈強な男たち。メリッサ・ガードナーは彼らのムダ毛を次々と除毛しているところだった。
「一瞬だから、一瞬! これで数週間の美しさが保てるんだよ!」
「あくまでもお遊びのミスコンでしょ? そんな真剣に脱毛なんて」
 じりじりと壁際に追いつめられるハビ。彼の背中が壁についた瞬間……「問答無用!」
メリッサは獲物を見つけた猛獣のごとく彼にとびかかり、その毛だらけの脚にシュガーワックスを垂らしていく。
「あっ……あああ……」
 絶望にも近い声が漏れる。
「先生なんだから、こんなことくらいで情けない声をあげないの……ほら、行くよ……せーのっ」
 えいっ、という掛け声とともに、ベリベリィィッと何かを引きちぎるような大きな音がした。それと同時に、断末魔のような「あぎゃあああああああ!」という悲鳴が控室に響き渡り……まだ彼女の施術を受けていない男たちを震え上がらせる。彼らもムダ毛を処理したいわけではないが、出番まで他にいるべき場所もないのだ。
「おいおい、何の騒ぎだ……」
 そう言いながら控室に入ってきたのは、レイザ・インダー。ぺろんと剥がれたワックスにごっそりと絡めとられたすね毛を見て「こんなに取れた……」とほほ笑むメリッサを見た彼は、瞬間にすべてを察した。笑いをこらえるレイザの姿を見つけたハビは、「あっ!」と大きな声を上げると、這いずるように彼の足元をがしっとつかみ、ズボンの裾をまくり上げた。
「ちょ……え?」
「あっ、レイザくん……!」
 メリッサは怪しげな笑みをそのままに、レイザの姿を確認する。
「レイザくんも当然出るんだよね? ミスコン」
「いや、俺はちょっとハビを冷やかしに……」
「出るんだよね?」
 念を押すように言いながら、メリッサは彼の脚にもシュガーワックスをたらり。
「さ……綺麗な脚になろうね、レイザくん……」
「……目が怖すぎるぞ」
 レイザは震える声でそう強がるのが精いっぱいだった。

 一方その頃ステージ側では、控室がそんな阿鼻叫喚に包まれているとも知らず、観客たちが美女や『美女まがいの何か』の登場を、今や遅しと待っている。
「繁盛繁盛」
 クロイツ・シンはリンゴの皮を剥きながら、ぼそりと口にした。彼の言う通り、カヤナ・ケイリーが出店しているノンアルコールのドリンクコーナーには、人が絶えない。会場の熱気ということもあるのかもしれないが、ドリンクの味自体が好評ということも要因だろう。この短い時間に何度も足を向けている人もいるほどだ。
「ホント、助かるよ」
 カヤナがクロイツの背中にそう投げかけたが、彼は何も答えない。照れているのでもなく、また気取っているのでもない。それが彼にとっての最も適切な答えだったのだろう。
「売り子もやる?」
「俺はそっち向きの顔じゃねぇだろ」
 クロイツは背を向けたまま笑う。
「でも、作ってくれたお菓子も好評だし」
 彼の肩がびくっと動く。……確かに、そこで売られているクッキーはクロイツの手作り。しかし……見た目に反するスイーツ作り……。誰のかは分からないが、誰かの反応が気にならないわけでもない。恐る恐る振り返って、カヤナを見る。彼女は屈託のない笑みでクロイツを見つめ返した。
「どうせなら、売り子さんもやったら楽しいかもよ」
「いや、いい、いい」
 彼は頭を振って、その誘いを断る。
「それよりも、そろそろ救護所に差し入れに行ってくる」
「ついでにミスコン見てきてもいいんだよ?」
「いや、あんま興味ねぇし、いいかな」
「え?」
 カヤナの意外そうな声に、彼は首を小さく振って答えた。
「あー、女に興味ねぇってわけじゃねぇんだけどさ。コンテストってのは、別に。一緒にいて楽しかったり安心できたりする奴のほうがいいし」
 不愛想にそういうと、そのまま彼はカヤナを店に残して、配達へと出てしまった。

「お、やってるねえ」
 そこに現れたのは、ヴァネッサ・バーネット
「オススメ1つ」
「全部オススメだから、全種類1つずつね。毎度ありー」
「そんなに飲めるかっての」
「冗談冗談」
 カヤナはそう言いながら、ヴァネッサにパイナップルソーダを手渡す。
「ちょっと酸味が強いけど、この熱気にちょうどいいかなって」
「ありがと」
 ヴァネッサは受け取ってお代をトレーに置くと、店の横に並んで、カヤナの横顔を見た。
「……なあ」
「なに?」
「店番、代わろうか?」
「え?」
 突然の申し出に、彼女は驚いて目を丸くする。
「なんで?」
「いや、ほら、ステージに上がってみたいんじゃないのかなって」
「私が?」
「そう」
 ヴァネッサはストローでジュースを吸って、はぁっ、と息を吐いた。
「なるんだろ、シンデレラに。今のあたしは、あんたを舞踏会に送り出す魔法使いさ」
「んー」
 カヤナは口をつぐみ、ぐぐぐっ、と考えて、それから「気持ちはうれしいけど」と言った。
「エントリーしてないし、お化粧の道具も衣装っぽいものも、全部家に置いてきちゃってるからなあ」
「借りたらいい。誰か持ってるだろ」
「いや、いいって。私はこっちの方が性に合ってる」
「後悔しないのか?」
 彼女はいたずらっぽくヴァネッサに答える。
「それなら、あなたが行って来たらどう?」
「あたしはパス」
 ヴァネッサが即答する。
「そういうキャラじゃない」
「それなら、私も同じ」
 カヤナがもう1つドリンクを作って、ヴァネッサに手渡した。
「ん? 何?」
「レモン入りバナナジュース。こっちも熱い会場の雰囲気にぴったり」
「……本当に全商品作る気か?」
「これはシンデレラちゃんからのオマケ。みんなには内緒にしてね」
 カヤナがふふっとウインクをしたので、ヴァネッサは笑って「ごちそうさま」と答えた。


第2章 ミスコン開始!

「ジスレーヌ、ありがとにゃーっ!」
 すっかり自分の衣装とキャラになれたリックは、しっぽをふりふり、耳をぱたぱた。リックの声に合わせて、ジスレーヌ・ソリアーノが舞台袖へとはけていく。ライトが消えて、しばしの静寂。
「それじゃあ、次のお姉さま! お願いしますっ!」
「はーいっ!」
 大きな声が上がると、同時に歓声も巻き起こる。アウロラ・メルクリアスのシルエットがレーザーライトによって浮き上がり、音楽が流れる。強い音圧に負けじと、彼女は体を躍らせ、歌い始めた。
「す、すげぇ……」
 誰からともなく、その声が漏れた。アウロラは、両足ともが義足。なのに、そんなことを少しも思わせないダンス……いや、それどころか、常人のそれを遥かに上回るテクニックで、華麗に舞っている。これほどの歌と激しい動きを同時に行えば、多くのものは息が切れ、その場にへたり込んでしまうに違いない。それを、アウロラは涼しい顔で、やってのけているのだ。時にはふわりと柔らかいフリルのスカートを舞わせ、時には凛々しく腕でアクセントをつけながら。
「さあ、いっくよーっ!!」
 ビートが熱くなる。音楽の盛り上がりが最高潮に達した瞬間……。
「おおっ!?」
 会場の男たちがどよめく。服がばさりと落ちたのだ。中から現れたのは、ビキニ姿のアウロラ。たっぷたぷの大きな胸が、リズムに合わせて上下に揺れる。
「うおぉぉぉ!!」
 わかりやすく盛り上がる男たち。アウロラはなおもダンスや歌の手は緩めずに、心の中で強く思った。――序盤でキメちゃってごめんね……でも、トップの座は、譲らないよ!――

 会場の熱が冷めやらぬまま、次に現れたのはステラ・ティフォーネだ。
 彼女は、普段からどちらかというとクールなイメージが先行している。クール、というよりは、冷淡と感じるひともいるかもしれない。だが、それは貴族らしく品のある振る舞いとも言える。
 その彼女が着ている衣装……それは……。
「すごい色気……」
 一瞬会場が静まり返り、その美しさに見とれるほどの華やかさを持っていた。薄桃色のベアトップドレスは、そのいたるところがわずかにほつれている。だが、いくら貧乏貴族とはいえ、貴族の持ち物だ。手入れは行き届いており、そのほつれさえもライトに照らされて、ぽわんと明るい光を放っているように感じられる。
 少し頬を赤らめ、会場中に手を振る。ネコ耳のリックにも手を振ると、彼は招き猫のような手付きで「にゃーっ」と笑って返した。
「それでは、ダンスを披露します」
 彼女は軽く頭を下げて、それから緩やかなメロディーに乗せて体躯をしなやかに動かした。ゆったりと、それでいて確実にステップを踏むような動きが、会場中を魅了する。大きな声を上げて熱狂する、というよりは、うっとりとそれに見とれて、思わずため息をついてしまいたくなるようなダンス。紅茶と焼きたてのマフィンの香りが漂ってきそうな、優雅な瞬間。
 彼女のダンスの最後、ひときわ強いステップが床板をぱしりと打ち鳴らすと、恐る恐る、といった感じに、拍手が沸き起こった。ステラはまたゆっくりと頭を下げて、ランウェイを後にした。

 続いて登場したのは、マーガレット・ヘイルシャム。病弱なイメージのある彼女に、きっとダンスは難しい。マーガレット自身もそう判断したのかもしれない。……いや、いつもの彼女なら、そもそも舞台に上がることすらしなかったのではないだろうか。舞踏会用の淡い青のドレスを身にまとった彼女は、どこか気恥ずかしそうで、その顔と服とのコントラストが、また、見る者の心を惹きつけた。
「私は、歌を」
 彼女が声を溜める。
「なんという、心地よい言葉なのでしょう。ガラクタのような、私の荒んだ心を癒してくれた」
 儚い歌声に、会場は驚きの声をあげる。なぜって、マーガレットの歌を、今まで誰も聞いたことがなかったからだ。歌唱力は抜群。物書きでなく、歌手としてやっていくことだってできるほどの才能だ。
「暗闇の中を照らし出すその光、今まで見えなかった希望を、今は見出すことができる」
 救護スペースでクロイツから差し入れを受け取っていたバート・カスタルは、その歌声を聞き、また同じように意外そうな感嘆を漏らしていた。
「多くの挫折や苦しみを乗り越えて、今私はここに、あなたの傍にいる」
 人の心の中に染みわたっていくその歌声。
「あなたのやさしさが、ここまで私を導いてくれた」
 誰もの胸にある、その悲しみと、喜びを言葉に変えていく。
「やがて、体が滅び私の命が終わりを迎えても……この心の火は、永遠に灯り続ける」
 歌い終わるとともに、割れんばかりの拍手。中には、歌詞に魅入られ涙を流す人もいた。さすがの『作詞作曲、マーガレット』である。

「花、花、私は花。今日は何を彩ろう」
 音楽は流れを切ることなく流れる。だがリズムや調子は打って変わって、跳ねるような明るさを放ちながら、会場の人々の間を駆け抜ける。どこかで聞き覚えのあるような、ないような。
 ステージに立っているのは、ピア・グレイアム。いつもの見慣れたベーカリー・サニーの服のようにも見えるが、実はちょっと違う。三角巾が、白から花柄に変わっているのだ。かごを持ち、小さく自らもステップを刻みながら歌っているようだ。
「朝露浴びてキラキラと、桃の笑顔が空見上げ。緑の風に撫でられて、ふたつ真白の笑い声」
 自然と、手拍子と歓声が巻き起こる。
「夕日が照らす丘の上、赤い横顔静やかで。夜が見守る部屋の隅、青き眠りあたたかに」
 会場から黄色い声が飛ぶ。
「花、花、私は花。優しく咲けよ。未来、うつして」
 そう歌いきると、彼女は頭を下げた。
「ありがとうございましたー!」
 普段から明るい彼女ではあるが、今日はその花柄や肩にふわりとまとったスカーフがあいまって、その華やかさが一層際立つ。
「今度、うちのパンもぜひ食べに来てみてくださいねー!」
「行くぞーっ!!」
 彼女の呼びかけに、複数人の誰かの声が上がった。……ああ、バートさんは、この会場のどこかで聞いてくれているんだろうか。彼女がふと顔を上げると、会場の奥のほうに、バートの姿があった。救護室から顔をのぞかせていたのだ。ピアの歌声に誘われたのかもしれない。熱気にあふれているが、病人ケガ人は出ていない。そのせいもあるのだろう。だが、そんなことはどうでもよかった。
 ピアはバートに微笑みかけた。彼が同じようにしてくれたように、彼女は感じた。

「……お次は……」
 リックがあらかじめ用意されていたカンニング・ペーパーを開いて、それを読み上げる。
「ミスと言える歳かどうかは気にするな、見た目は十分に適正圏内。貧乳? ちっぱい? ステータスだ! 希少価値だ!! 誰が言ったか合法ロリ。 トゥーニャ・ルムナッ!!」
 あまりに流ちょうに読み上げられて、トゥーニャ・ルムナはわずかな間、ぽかんとしていた……が、その誰が作ったかもわからない好意と悪意の混然とした紹介文に、思わずそのまま真顔で彼を見つめていた。
「……うん、はい」
 何とも言えない表情から、ふう、と小さくため息を漏らして、彼女はステージを進む。
 過激な煽り文とは正反対に、彼女が見せる……いや、魅せるのは、スローステップなダンス。指先の一本一本にまで神経をとがらせたような、繊細で、それでていてどこか大胆な舞い。会場の空気を魔法で揺らすと、どこからともなく、木の葉が舞い降りてくる。その画に合わせるように、ダンスもクライマックスを迎える。……が、そのときだった。
「……っだぁっ……!」
 彼女の足がもつれ、くらっとよろけたようにステージの上で転んでしまったのだ。観客たちのわずかな悲鳴で、音楽が止まる。
「……!! ちょっと失礼!」
 バートが、その様子を確認して、舞台へと駆け寄る。
「大丈夫か? ちょっとごめんなさい、救護室へ」
 彼がトゥーニャの肩を抱え上げようとした途端、彼女はがばっと起き上がって、文字通り「飛び上がった」。そして、司会席のリックが持っていたマイクを奪う。
「ぼくの出番はここまで! ここでまさかの飛び入り参加! 皆ご存知警備隊のバート・カスタルさんだぁ! 皆さん拍手~ッ!!」
 だまされた、と気付いた時にはもう遅い。……まるでバートの登場を待っていたかのように、怪しい光が乱立する。

「いやあ、すごい盛り上がりだ」
 コタロウはジュースを飲みながら、ステージに向かって手を振った。アイドルのライブというようなイメージとは違うが、盛り上がりの度合いでいえば似たようなものを感じる。
「ミスコンって、なんていうか、もっと静かに戦うものなのかも……って思ってたけど、全然違う! 盛り上がってて、いいね!」
 ステージの設営からだけでは見えなかったマテオ・テーペ流「ミスコン」。まだまだ、本領はこれからである。


第3章 ミスコン続行!

 バートが「違うっ、俺は出ないっ!」と顔を赤らめてステージを降りる。だが、なおも紫のレーザー光線はやまない。
 その向こう側から出てきたのは、ヴォルク……? いや、彼にしては、まとっている雰囲気があまりにも違いすぎる。
「うふふ……」
 声こそヴォルクのそれであるが、白塗りの肌は異世界のものを思わせ、たおやかな微笑みは妖艶な魔の香りさえ感じさせる……。いや、これはあづまの方針とはちょっと違う。彼女は、もっとオリエンタルな雰囲気を漂わせた、大人の色香をまとうヴォルクを演出したかったのだ。だが、今のヴォルクを見てほしい。彼は、完璧なまでに『女性』を身にまとい、ある種の女性らしからぬ女性よりも、それらしさを放っていた。
「わっちの魅力……伝わりなんしたか?」
 言葉はあづまの教え込んだ花魁言葉。でもそれを支えているはずの魂は……まさに毒婦のそれ。ヴォルクが――いや、今彼がまとっている女性、エレーナと呼ぶべきであろうか――その体躯が揺れるたび、ジャスミンのような香りが、ゆったりと漂う。会場中を見渡す。その魅惑的な動きに誘われて、あるものは息をのみ、あるものは目のやり場に困る。……そしてそうでない半分ほどのものが、困惑の原因から目を逸らせずにいる。
「ジスレーヌ……」
 彼は、ランウェイの近くに立っていたジスレーヌに声をかけようとした。その女性の中からほんのわずかにヴォルクの顔を出す。主様も、美しくありんした。彼はだが、瞳だけでそう語りかけ小さくうなずくと、また会場全体へと目を配る。今は、ジスレーヌを想うヴォルクではない……そう、このマテオ・テーペ中が(色んな意味で)騒ぎ立てる対象、エレーナなのだから……。

 唐突に濃厚すぎる参加者が現れたが、次の人は少しだけまともそうだ。リックから「港町のトモコさん」と紹介された彼女は、実はスタンバイ時から疑惑の的になっていた。それは『見ない顔だから』。
 閉鎖されているマテオ・テーペの世界では、どんな間柄にしろ、一度も顔を見たことがない、というのは夜盗やならず者くらいなもので、少なくともミスコンの参加者になるような人物を「誰も見たことがない」というのは、ちょっと考えにくい。それでも、「トモコさん」の顔は、誰の記憶の中にもなかった。
 それもそのはず、この「トモコさん」、トモシ・ファーロなのである。うまく変装出来すぎてしまったがために、誰からも気付かれなかったのだ……それは、ある種の才能であるとしか言いようがない。
 舞台の上で、彼は音楽に合わせて4つのボールを自在にジャグリング。音楽に合わせてトモコさん自身が跳ね、踊り、ボールをあちらこちらへ投げたり、飛ばしたり。1つも落とすこともなく演目が終了し、トモコさんはばっ、と両手を上げて、ボールを掲げると、大きな拍手が沸き起こる。
「ありがとうございましたっ!」
「……え?」
 想像以上に太い声に、みな、驚きの声を上げる。彼はボールを握った手の親指だけを器用に使って、ぱっとカツラを取り上げた。
「というわけで、トモシ・ファーロでしたっ!」
「あああ!!」
「トモコさぁぁん!!」
 どこか断末魔のようなものも瞬間的に聞こえた気がするが……そういう方向に目覚めてしまった人がいたのかもしれない。とにもかくにも、トモシの作戦は大成功。彼は胸に詰めたパンを取り出して、その場で口にくわえると、ニッと笑って袖へとはけていった。

「つっ、続いては……」
 リックの声が震える。
「マッスル☆スターさんっ……にゃっ……」
 怯えからなのか、それとも笑いからなのか。
「アタシの名は『マッスル☆スター』ッ!」
 甲高い裏声で、マイクパフォーマンスが入る。ベースの利いたロック調の音楽が流れる。
「皆、鍛えているか? 鍛えた筋肉は君の友達! 何時だって君を裏切らない☆」
 ランウェイの奥から、目元をマスカレードマスクで隠したラトヴィッジ・オールウィンが現れる。
「ラトヴィッジ? ダレノコトカワカリマセンネ」
 筋肉でお仕置きされそうなので、彼……いや、彼女はマッスル☆スターに違いない。絶対、そうに決まっている。
 彼女が筋肉アイドルになったのには、理由があった。騎士団の友人たちとの賭けに負けたのだ。つまり、罰ゲーム。
 筋肉をアピールするために、わざわざぴったりとしたチャイナドレスを着こんでいる。メリッサによるムダ毛処理も完璧。鉄壁の『乙女』がここに完成していた。
「俺……いや、アタシはその素晴らしさを知ってもらうためにここに来た!」
 彼女が指先をパチンとやると、照明が消え、音楽が流れる。そして彼女が始めたのはライブ……ではなく、演武。舞踏ではなく、武道。鋭い殺気が会場を駆け抜ける。ミスコンとは思えない、まるで柔術世界選手権の会場のような覇気に、思わず全員が息をのむ。乱れぬ呼吸、研ぎ澄まされた精神。最後に、舞台の端に用意されていた瓦に政権付きを見舞って、彼は高笑いを見せた。
「筋肉の素晴らしさ、分かってくれたかな☆」
 まぶしく白い歯を光らせ、彼女は帰っていった。果たしてマッスル☆スターが何ヴィッジ・オールウィンだったのか、もう誰も知ることはできない。

 次の登壇者にも、ドラマがあった。彼は、服に呼ばれたのだ。
「……すごい……すごいわ……!」
 いつだか以来ハマってしまったのか、また彼はウィリアムをやめる。そう、今日ここに立っているのは、ウィリアンヌちゃんだ。
「ウィリアンヌですっ! 今日はよろしくお願いしますっ!」
「あっ……あああ……」
 会場中から、何らかの声が、おそらくは畏怖の声が漏れた。
 ヘソ出しミニスカのピンクの衣装は、どれほど可愛い女子でも着こなせるものはそう多くない。綺麗に体毛の処理も終えているウィリアムにそれが似合っているのかは……いや、そういう衣装を選べるという、そのパワー。それこそが乙女なのだ。
「男だ……すごく男だ……!」
「ひどい! 私が男だなんて! ウィリアンヌちゃんだって言ってるじゃない!」
 裏声と地声が重なり合う中、音楽が始まる。それは彼女が考えた曲。タイトルは「胸キュン! 乙女ハート」。
「ハッピー! キュンキュン! キューンキュン!」
 想像以上にポップ。ピンクのレーザーライトが熱線のように会場を焦がしていく。
「あなたの隣にいると、胸が苦しくなるの……これって恋かな? あなたと会うたびに、幸せな気分になるの……これって恋でしょ!」
 振り付けも完璧である。大胆に短いスカートは、ウィリアンヌが体をひねるたびにふわっと浮き上がって、『見えそうで見えない』を実践してくる。乙女度を高めたウィリアムは、もう今や、完全に女性なのだ。
「あなたの好きな髪形も、あなたの好きな食べ物も。さりげなく出してみたのに、反応薄いじゃない? これって、冷たいでしょ!」

「冷たくもなるわ!!」
 ブチ切れてその場で立ち上がったのは、ロスティン・マイカンだ。コンテストの順位付けというものはなかったのだが、コメンテーターとして『審査員』という名の役をやっていた。
「ずっと真面目に審査してたが! なんていうかさあ! アレじゃん! 後半男ばっかりじゃないか!」
 彼のもっともな発言に、会場は「確かにそうだよな……」という空気に包まれる。
「面白かったり、こう、本当に綺麗な感じならまだいい! そういう『美』を意識していたら、そりゃいい! 罰ゲームもいいでしょう! 仕方ないもん! でもっ!」
 マイクを握りしめ、ステージの上のウィリアンヌを指さした。
「筋肉! 骨格! そしてその乙女感! いやいやいやいや! 野郎過ぎるでしょアレ! 『Ms.』じゃなくて『miss』コンテストじゃねえか!」
「……ひどいわ、このもやし野郎……」
「おい聞こえてんぞ! さらっと暴言吐くな!」
 ロスティンはマイクを置いて、じっとステージの上をにらんだ。
 だが、ここでロスティンにとっては想定外の事態が起きた。会場は、どちらかというとウィリアンヌちゃん寄りだったのだ。ブーイングとまではいかないものの、「なんかおかしなこと言ってる奴がいるぞ」という妙なざわめきが会場を覆う。
「え、なに、何これ、俺が間違ってんの?」
「これで、私もマテオの星になれるかしら」
 ウィリアンヌが、たくましい腕を組んでロスティンを見た。
「野太い声で何言ってんだお前」
 ロスティンは困惑と失意の中で「責任者……助けて」と小さくつぶやいた。

 最後に登場したのは、ハビ……ではなく、レイザだった。ハビは「面白そうだから参加しよう」と思ってこの会場へと来ていたのだが、「レイザが出るならそっちのほうがおもしろいや」とレイザにメインを譲ったのだ。もちろんハビも女装してステージには上がっているが、華やかな衣装ではなく、どちらかというとレイザを引き立てるための地味な色合いにしてある。
 ハチマキ、団扇、横断幕。レイザの親衛隊は、明らかにほかの群を抜いて異質だった。
「レイラちゃん!」
「レっ、レイザ先生は、レイザ先生ですっ……!」
 言い合いをしているのは、リュネ・モルアリス・ディーダム。ある種の過激系と穏健派の派閥争いの様相を呈していたのだが、それもレイザが出てきた瞬間に、すべて吹き飛ばされてしまったのか、「レイラちゃーんっ!!」「レイザ先生っ……!」と、それぞれがそれぞれに声を上げたのだ。
「いいですか! レイラちゃんは超時空魔法少女なのです! マテオ・テーペ的魔法少女伝説の始祖にして至宝、すべての原点であり、トップを駆け抜ける美少女なのですよ!」
「ちっ、違います! レイザ先生は、そんなマジカルでキュルルンな存在じゃなくてっ……みんなのアイドルで……私の……!!」
「落ち着け」
 ステージの上から、誰よりも冷めたテンションでレイザが声をかける。
「レイラちゃーん!!」「レイザ先生―っ!」
「いいか? ……いや、みんなもそうだ、聞いてくれ」
 レイザが、実に深刻なトーンで声を投げる。ふりふりのドレスに身を包み、メリッサによって徹底的といえるほどに全身のムダ毛というムダ毛を処理されたレイザ。その、魂の叫びとは。しんと静まり返った会場に、彼の声だけが響く。
「頼むから、俺のこの姿を、記憶から消してくれ。抹消だ。1ミリも残さず、消去してくれ」
 その顔が真っ赤になっている。
「恥ずかしがっているレイラちゃんも可愛いーっ!!」
 親衛隊長リュネの叫びを皮切りに「そうだそうだーっ!」という熱狂的な声。
「本気で狂ってやがるっ……!」
 今にも泣きだしそうなレイザが、ハビに助けを求める。
「なあ、もういいだろ……早くステージから降り」
 言い切る前に、柔らかな風が吹いた。ハビがいたずらに起こした風は、なんというか、とても弱くて力ないのに、ちょっとだけ、えっちな風だった。
「ぱっ……パンツ見えたっ……! レイザ先生のパンツっ……!!」
 卒倒しそうなアリス。興奮から、鼻息が荒くなる。彼は律義に「女物の」パンツを履いていたのだ。
「ハっ、ハビっ……貴様っ……殺すっ……!」
「レイラちゃんが耳まで真っ赤にしてるぅっ!! あああああ!! 世界一! かわいいよォッ!」
 進むも地獄、退くも地獄。
「あ、あははは……」
 レイザはうっすら目に涙を浮かべて、「みゅーじっく、すたーとぉ」と力なく言った。それは、ハビが事前に用意していたステージ用のアイドルソングだった。踊っているのか、踊らされているのか。彼には……いや、彼女には、もうどうでもいいことだった。
 リュネが、ヲタ芸で荒れ狂う。
 鼓動が収まらないアリスは、ステージの間際で、踊るレイザの姿を、その目に、脳に、しっかりと焼き付けて一言も発しない。心の中で、「終わったらなんて声をかけようか」という理性的な彼女と、もっと本能的な、「可愛いレイザ先生を見ていたい」という彼女の間を、1人揺れ動いている。

 会場全体が熱気に包まれていく。奇妙な一体感を生んだ『ミス マテオ・テーペコンテスト』は、見事サクセスのうちに幕を閉じた。

 



 ライブの音圧で耳を吹き飛ばされた苦い経験のある、ライターの東谷です。
 ご参加いただき、大変ありがとうございました。
 ネタ・メタ交えたイベシナも、次回で最終回。
 イベントシナリオ上で多くの方にトラウマ的経験のある「アレ」も登場しますので、是非ふるってご参加ください!