左ロスティン、中央エリス、右シャオ  イラスト:雪代ゆゆ
左ロスティン、中央エリス、右シャオ  イラスト:雪代ゆゆ

 

ファイナルシナリオ

 

 

  『思い出エピソード』

 

   担当 冷泉みのり

 

   担当 川岸満里亜

 

   担当 鈴鹿高丸

 

 

 

 

 

 マテオ・テーペ エピローグ

 

●領主の館にて
 箱船が出航して三日以上が過ぎた。
 人々の新生活は、しだいに落ち着きを取り戻しつつあった。
 そんなある日、領主の館の伯爵の執務室で、アシル・メイユールと騎士団長のアイザック・マクガヴァンは寄せられている問題について意見を出し合っていた。
 主な問題は、衣食住に関するものだ。
 その時、ドアがノックされた。
 アイザックが立ち上がり誰何すると、意外な人物から返事が来た。
「バート・カスタルです」
 顔を見合わせるアシルとアイザック。
 というのも、バートはまだ満足に歩けないはずだからだ。先日アイザックが見舞いに館の病室を訪ねた時も、体を起こすのがやっとだった。
 アイザックは慌ててドアを開けた。
「あ、団長もいましたか」
 名乗った通りの人物が、杖をつきドア脇の壁に寄りかかって何とか立っていた。
「バート、何でここに……いや、とにかく入って座れ」
 バートを支えるようにして部屋に入れたアイザックは、彼をソファに座らせた。
 息切れしているバートに、アイザックは呆れの目を向け、アシルは苦笑している。
「何かあったのですか?」
「俺にも何か手伝えることはないかと思いまして。ベッドで寝てばかりというのは性に合いません」
「何の話かと思えば……むしろお前が手伝われる側だろう」
 バートの申し出を、ばっさり切り捨てるアイザック。
 まあまあ、とアシルが間に入った。
「わかっていると思いますが、町の様子を見に行くのは論外ですよ」
「そうしたいのは山々ですが……ええ、わかってます。それで町の様子はどうですか? みんなは元気ですか?」
「少なくとも、あなたよりは元気ですよ」
 アシルに笑われ、バートは気まずさに下を向く。
「これからはちょくちょく意見を聞かせていただくことがあるかと思います。それと、付き添いをつけるなら、庭の散策でもしてみたらどうですか? 少しは気が紛れるでしょう」
「……ま、一人でベッドにいるのも退屈で仕方ないよな」
 アイザックも少しだけバートに同情した。
 それからバートは、ずっと気がかりだった友人のことを尋ねた。
「あの、レイザは……」
 アシルとアイザックは沈痛な面持ちで首を振る。
 最後にレイザがいた場所は当然ながら入ることは不可能で、まさかと思いつつも森の中などにも捜索の手をのばしたが、成果はまったくなかった。
 やっぱりな、とバートは静かに受け止めた。
 そして自分を今の状況に追い込んだ出来事を思い返し、唇を噛みしめる。
「そうだよな、あんなところで……」
 マグマの中では灰も残らないだろう。
 そのことはとても残念だが、そうしてまでもここを守り切った彼を、バートは友人として誇らしく思った。よくやったと褒めてやりたい。
「やはり、いつまでも臥せってなどいられません。俺は騎士として、これまで以上に民のために働きたいと思います。あいつの分も」
 強い瞳でアシルを見据え、誓うようにバートは決意を口にした。
 とはいえ、アシルとしては立つのもやっとな者を働かせるわけにはいかない。バートには、きちんと回復してもらわなければ困るのだ。
 そこで、検討中の案件のことを話した。せめてもう少し体力が戻れば、バートにも参加してほしいと思っていた一件だ。
「貴族の何人かが、学問講座を開きたいと言っています。せっかくなので、座学の他に武術を学ぶ場も設けようかと思っています。町の人と親しい警備隊に指導をお願いできればと考えています」
「これからはもっと多くの知恵が必要だという話が出てな。武術のほうは……急に人口が密集したことでストレスを抱えている人もいて、運動でもして気分を換えてもらうのが狙いだ」
 アシルの話にアイザックが補足すると、アシルはふと感情のない笑みを浮かべた。
「元の計画通りなら、人口も減ってもう少し過ごしやすかったんですけどね」
「え……あの」
 何か恐ろしいことを言われた気がして、バートは言葉を詰まらせた。
「冗談です。そろそろ疲れたでしょう。無理をしてはいけませんよ」
 バートはアイザックに付き添われて病室へ戻っていった。
 静かになった部屋で、アシルは天井を見上げ穏やかな気持ちで亡き人へ呟いた。
「これでよかったんですよね……公王様」

●地下の老人
 リルダ・サラインは領主の館を訪れていた。
 その手には一通の手紙がある。それは、レイザ・インダーから託されたものだった。彼は関係者と親しい人物宛に手紙を書き、火山が沈静した後にその手紙がそれぞれの手に渡るよう手配をしていたのだ。
 リルダはそれを読んで、その内容に従って領主の館を訪れていた。
 要件を伝えて敷地内に入る。しかし目的となる場所は領主の館そのものではない。敷地内を歩き、その外れにある堅牢な建物へと向かった。そして建物内へ入ると今度は地下へ降りる階段へと歩を進める。
 そこには、一人の老人がいるはずだった。
 ノックして用件を簡単に伝えると、入るよう促される。
「いなくなった人間が今さら何の用というんじゃ」
 リルダが部屋の中に入ると、老人は初対面のリルダを越えて、手紙を書いたレイザに言い放つように口を開いた。
「改めて、私はリルダ・サラインと言います。レイザさんからの手紙を受け取ったのですが、その手紙に、あなたの力を借りるようにとあって伺わせていただきました」
 初対面の相手だからか、いつもより丁寧な口調でリルダは自己紹介とともに用件を伝える。
「かたっ苦しい喋り方じゃの。用件ならさっさと言うがいい。せっかくの美人なんだから愛嬌も大事じゃぞ」
 老人は話すには近すぎると感じる距離まで近づいてきて言った。そして無遠慮な視線をリルダに向ける。
「ほめ言葉と受け取っておくわ――実は私、特殊な力を持つ一族の血を引いているみたいなの。でも多分私自身にはその力は備わっていないの」
 ゆっくりと一歩距離をとって、リルダは語り始めた。
「アゼム・インダーさんが私に子どもを産ませたがっていた理由も、なんとなくわかった」
「あの爺さんには子作りはもう無理じゃわ。それくらいならどうだ、わしとチャレンジしてみないか?」
 老人はおどけた調子で茶々を入れる。
 それに対し、リルダは冗談は止めてと苦笑した。目の前の老人の相手をするなど想像もしたくない。
 ――彼なら……と、そこまで思い至ってから、彼女は首を振って頭に思い浮かんだ相手を振り払った。今はそんなことを考えている時ではない。
「不安があるの。ここに生きる全ての人の命を守りたい。だけれど――1年後に箱船が戻ったとして、新たな船を送りだすにはまた多大なエネルギーが必要になるわ。きっと誰かが犠牲になる」
 一度話し出すと、思っていることが溢れ出てくる。
「最後の船を送りだすときまで、神殿の魔法具を用いて障壁を張っている人々は生き残れるのだろうかって思ってしまうの。彼等を護る騎士達は? 皆、船に乗れるのだろうかって」
 老人は黙って聞いている。
「私は私たち――町の人たちだけの未来を求めていいの?」
 老人は応えない。その続きを待っているかのように押し黙る。
「あなたは何ができるの? 私達に助かる道はあるの?」
 そこまでリルダが語ると、やっと老人は口を開いた。
「資源や機材の無いこの地でわしにできることは少ない……ただ、外の世界に出たのなら出来ることもあるかもしれない」
 大きな声ではないが、その言葉は部屋の中に響く。
「世界にとって残されたわずかな希望がこの地に在る限り、この地は滅びてはならんのだよ」
 そう言うと、老人は再び口を閉ざした。

●アルディナ帝国の影
 その日も海の上は晴れていて、波は穏やかだった。
 甲板で海を見ていたアーリーにミーザが近づいた。
「太陽の光が暖かい……暖かすぎるくらいだわ」
 ミーザは首を傾げてアーリーを覗き込み、にっこりと微笑んだ。
「あなた、あの短い間に何をしてくれたの? 私の……帝国の意に反することをしたらどうなるか、解っているわよね」
 ミーザは特殊な力を持っている。そう――アーリーの大切な人の心を奪う事も容易く出来る。
「分かっているわ。私は何もしていない。あの場で、彼は勝手に理解したのよ。彼だけではなく、継承者は全て、魔力が集まるあの場で最後に悟るのでしょう。自らのすべきことを」
 ミーザ・ルマンダが地の継承者の一族であるアルディナ帝国の皇家の血をひいていることは、火の継承者の一族のアーリー・オサードにしか知らされていなかった。
 地の継承者の一族は生存しており、これまでミーザは一族特有の魔法を用いて、生き残った親族と連絡をとることができていた。
「海が穏やかなのも、火の力が安定したからではないの? 封じ込めていただけでは、世界全体の魔力を落ち着かせることなんてできない。これは、あなた達にとっても良い結果じゃないかしら?」
 アーリーは穏やかにそう返した。
「そうね……お兄様も私を責めはしなかった」
「あなたはこれからどうするの? 陸地にこの船を導いてはくれないのかしら」
「難しいわ。私に航海の知識はないし、大地に触れなければ本国と連絡をとることもできない」
 海に目を向けて、遠くを眺めながらミーザは呟きのように、自分に語りかけるように話し始めた。
「私のすべきことは、あなたを私たちの国へ招くこと。それが終わったらこの箱船と共にまたあの世界に戻って、任務を果たす、こと、かな」
 継承者が魔力を鎮めるために必要な魔法具の一つ『聖石』がマテオ・テーペに残されている。
 それからもう一つ。
「私があの地に潜入していた理由だけれど、元々は継承者関連ではなくて、1人の研究員の奪還、もしくは殺害を命じられていたためなの」
 帝国では、ウォテュラ王国より早くから、魔力を濃縮し兵器のエネルギーとして活用する研究が行われていた。
 その研究チームの第一人者である男が、数十年前にウォテュラ王国に連れ去られた。
 王国側は亡命だと主張しているが、帝国側は拉致と捉えている。
「帝国は多くの密偵を放ち、王国を探ったけれど、研究者は見つからず。
 王国内ではなく、従属、同盟国のどこかに捕らえられている可能性もあるだろうと、私はここに派遣された。こんな田舎にあの規模の水の神殿があることも、不自然だったから」
 深い知識を持ったその男は、多分まだ水の底に居る。
 既にミーザはその男の居場所に概ね気付いてはいた。だけれど、まだ接触には至っていなかった。
「アニサ……いえ、アーリー」
 ミーザがアーリーに、切なさを感じる悲しげな目を向けた。
「私、もう楽になりたいって思う事があるの。あなたもそうでしょ? 継承者の一族で、王国の、そしてこの力の被害者であるあなたとは、一番分かり合えるんじゃないかと思ってる」
 そして、継承者の男――レイザ・インダーも、自分個人の本音では死んではほしくなかったとミーザは言った。
「ねえ、私達、本当の友達になれないかな?」
「そうね。私もあなたと友達になりたいわ」
 アーリーはアニサの顔で、穏やかに微笑んだ。
 ミーザは笑みを浮かべて、嬉しそうに首を縦に振った。
「うん! それじゃ、私は仕事に戻るわね。今度……互いの休みの日に、思い出話とかしない? あなたのこと、もっと知りたいの」
「ええ、楽しみにしているわ」
 微笑み合うと、ミーザは船室へと戻っていく。
 彼女の姿が見えなくなったあと、アーリーの顔に闇い笑みが生まれる。
「私たちはもう、誰の甘言にも乗らない。全てを賭して自分たちだけ護る」
 暖かな太陽を見上げた彼女の目に、涙が浮かんだ。

●希望の箱船
 その日、甲板に出たベルティルデは魔法で海水を引き寄せると、自分達の簡単な状況説明を水の中に封じ込めた。

 ──船、人員共に異常ありません。陸、魔力の吹き溜まりはまだ見つかっていません。幸い天候に恵まれ、波は穏やかです。日中の陽射しは暖かく、夜風は冷たいです。また連絡します。以上です。

 それを海に返した時、ルースに呼ばれた。
 今行きます、と返事をして、再度海を見下ろす。
 言葉を封じ込めた水の塊の受け手は、マテオ・テーペにいるサーナ・シフレアンだ。
 水の特別な魔力を持つ二人はこのようにして定時連絡を取っていた。

 

☆  ☆  ☆


 夜、ルースとベルティルデにあてがわれた専用の部屋。

 他の船室よりは調度品も整っているが、華美であることよりも実用性を求めた質素な部屋だ。壁際のテーブルにある花瓶に差された一輪の造花が唯一の彩りだった。
 そのテーブルに向かい合わせにある椅子に、ルースとベルティルデは座っていた。
「これで、いいんですよね。移住地探しを優先して、マテオ・テーペの皆さんの移住が終わってから、わたくしの役目を果たしに行く……」
「何よ、後悔してるの?」
 迷いのようなベルティルデの言葉に、ルースはつっけんどんに聞き返した。
「後悔はありません。ただ、別の不安が」
「どんなこと?」
「いざ役目を果たす時、わたくしは上手にお別れができるでしょうか。みっともない姿をさらさずにすむでしょうか」
「あんた、生きて帰るつもりじゃなかったの? そのための計画変更でしょう」
 ルースの眉がつり上がる。
 ベルティルデはうつむき、黙り込む。
「しっかりしなさいよ。あんたの味方はたくさんいること、思い出しなさい」
 ベルティルデはハッとした。
「一緒に死んでくれる人、意地でも助けようとしてくれる人、両手の指の数じゃ足りないわよ」
「一緒に死ぬなんて、いけません」
「だったら、何が何でも生きる意志を持たないとね。後追い自殺なんてされたら、死んでも死にきれないでしょ」
「もう、ルース!」
 不穏なことを言うルースに、ベルティルデは珍しく険しい表情になる。
 ルースは、その顔に満足そうに微笑んだ。
「あんたはもう、役目に縛られるだけの人形じゃないわ。そうでしょ? それに、もう望んじゃったじゃない。みんなと生きていきたいって」
「あ……そうでしたね。確かに、そうでした」
「わかったら、また明日から陸と水の魔力の溜まっているところを探すわよ。さ、もう寝ましょう」
 さっとベッドにもぐりこんだルースに倣い、ベルティルデも布団の中へ。
 目を閉じたベルティルデの瞼の裏に、箱船の乗組員の顔やマテオ・テーペに残る人々の顔がよぎる。
 役目の果てにことごとく命を落とす継承者の宿命を破りたい。
 出会った人達と、もっともっと生きたいから。
 切なる願いを抱きながら、眠りに落ちていった。


 希望の箱船は、波に揺られて探し続ける
 永遠に皆で生きるために──

マテオ・テーペ~唯一、残された希望~ 完